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「ダメと思ったタイミングで失敗と言っているだけ」——逆境から生まれた、黒川圭太さんの流儀

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この記事の見どころ

⭐️「ダメと思ったタイミングで失敗と言っているだけ」——辞めなければ、近づいている

  • SNSでの発信も、ブランドも、認知されるまでの道のりは長かった。うまくいかない時期の方が圧倒的に多かったが、「辞めなければ近づいていっている」という感覚で発信し続けた結果、いつの間にか全国に認知が広がっていた。「ダメって思ったタイミングで失敗って言っているだけ」という言葉は、自らが体験してきた道のりから生まれた言葉だ。

⭐️「自分たちが本当に欲しいものしか作らない」——最初のポップアップで見た笑顔が、全てを決めた

  • 顧客目線で「売れそうなもの」を作っていた時期を経て、「自分たちが本当に使うものしか作らない・売らない」という方針に転換した。そうして初めてポップアップに出た時、笑顔でレジに商品を持ってきてくれるお客さんがいた。「僕たちがいなかったら発生していなかったhappyの数を増やしたい」——その瞬間がブランドの原点になっている。

⭐️バイク、ランクル、タトゥー——無骨な世界に生きる人たちのためのブランド

  • バイカー、ランクル乗り、タトゥーが好きな人たち——ブランドKeiは、そういった世界観を愛する人たちに刺さるシルバーアクセサリーとアパレルを展開している。「僕たちのブランドが好きじゃない人は全然好きじゃない」という言葉通り、万人受けを狙わず、好きな人だけに深く届けるスタンスを貫いている。

⭐️服→アパレル→内装→シルバーアクセへ。段階的に資金を作りながら本当にやりたいことへ

  • シルバーアクセサリーは初期費用が大きくかかる。だから最初は服から始め、内装工事業で資金を作り、アクセサリーへとたどり着いた。「資金がなかったらできない事業」だからこそ、段階を踏んで積み上げてきた。本当にやりたいことに向かって、一歩ずつ着実に進んできた12年間がある。

⭐️「売ってきました」ではなく「購入していただけました」——言葉に、考え方が出る

  • スタッフへの指導で大切にしているのは、考え方だ。「売ってきました」と報告する人と「購入していただけました」と言う人では、根本にある考え方が違う。お金はもともと物々交換から始まったもの——相手にメリットがあるから自分も受け取れる。その考え方が言葉に出てくる人と一緒に仕事をしたいと語る。

Interview

「ダメって思ったタイミングで失敗って言ってるだけ。辞めなければ近づいていってる」——そう語るのは、福岡県博多を拠点に自社ブランドKeiを展開する(株)KKNB代表・黒川圭太さんです。小学生の頃から「独立するしかない」と確信していた黒川さんは、アパレルバイトや内装工事業を経て12年前に独立。服から始まり、アクセサリーへ、そしてシルバーアクセサリーへと段階的に資金を積み上げながら、「自分たちが本当に欲しいものしか作らない」というブランドの世界観を築いてきました。バイク・ランクル・タトゥーを愛する無骨なスタイルが好きな人たちに刺さるブランドKeiと、3年以内の福岡での複合施設建設という夢を語る黒川さんにインタビューしました!

中村

自社ブランドKeiを中心に、現在はどんな活動をされているんですか?

黒川圭太さん

自社ブランドKeiのシルバーアクセサリーとアパレルの企画・販売をメインにやっています。販売はSNSからECサイトへの流れが基本で、お客さんは全国にいます。定期的に大阪・名古屋・広島などでポップアップ出店もしていて、社員にはインフルエンサーとして発信しているメンバーもいます。

オーダーアクセサリーも受けていて、結婚指輪などプライベートなものも含め対応しています。それとは別に、内装工事業も会社として続けています。今は5人の会社です。

中村

小学生の頃から「独立するしかない」と思っていたそうですね。起業を目指すようになった背景を聞かせてください。

黒川圭太さん

小学生の低学年くらいから、もうプロ野球選手になるか芸能人になるか社長になるしかないって思っていたんですよ。就職活動というものを一度もしたことがなくて。大学まで野球をやっていて、最後に父親に「一回だけ就職してくれないか」と言われて、どうせ落ちるだろうと思って大企業を受けたら受かってしまって(笑)。しかし、一年も経たずに、これは自分には向いていないと確信して辞めました。

中村

内装工事業からアパレル、そしてシルバーアクセサリーへ。今の事業にたどり着くまでの歩みを聞かせてください。

黒川圭太さん

アパレルのバイト、バーのバイト、内装工事のバイトと、いろんなことをしながら資金を作って12年前に独立しました。最初は内装工事業で個人事業主として動いて、現場で働くスタッフの制服をまとめて作るところからアパレルに関わり始めました。

ブランドとして動き始めたのは3年前です。最初は服を作って、そのうちアクセサリーに行って——でも自分たちが一番好きだったのはシルバーアクセサリーだったので、途中でそれ以外はやめようと決めました。シルバーアクセサリーは型を作るところから始まって初期費用が大きくかかるので、服から内装、アクセサリーと段階的に資金を積み上げながら、本当にやりたいところまで来た感じです。

中村

ブランドKeiを続ける上で、黒川さんが一番大切にしている考え方は何ですか?

黒川圭太さん

自分たちが本当に欲しいと思うものしか作らないし、売らないということです。最初は顧客目線で「売れそうなもの」も作っていたのですが、それはやめようと思って。自分たちが本当に使いたいものだけを作るようにしてから、ブランドとしての世界観が固まってきた。

スタッフにも伝えているのは考え方のことで、「売ってきました」と言う人と「購入していただけました」と言う人では、根本の考え方が違う。お金ってもともと物々交換から始まっているもので、相手にメリットがあるから自分も受け取れる。そういう考え方が言葉に出てくる人と仕事をしたいと思っています。

中村

認知を広げていく過程では、どんな壁に向き合ってこられたのでしょうか?

黒川圭太さん

やっぱり認知されるまでの期間ですね。最初は全然誰にも見られていなかったし、ダメな時期の方が圧倒的に多かった。でも「辞めなければ近づいていっている」という感覚があったので、続けられてきた気がします。

ダメって思ったタイミングで失敗って言っているだけで、辞めなければ必ずゴールに近づいていっている——結局何でも途中でやめるから失敗に終わるわけで、続けている限りは前に進んでいると思っています。

家の借金を背負って独立したので、固定給では生活できない状況からのスタートでもありました。それがあったからこそ、何がなんでも前に進むしかなかったという部分もあります。

中村

ブランドを通して、これからどんなhappyや場所を世の中に増やしていきたいですか?

黒川圭太さん

「ファッションを通じて世の中のhappyを増やす」というのが僕たちの理念です。世の中の人の大半が、仕事だから・付き合いだからと、自分や家族の幸せを後回しにしながら時間を使っている。その順番が逆なんじゃないかとずっと思っていて。

僕たちのブランドが好きな人って、ファッションが本気で好きな人しか来ないんですよ。好きなアクセサリーをちらっと見るだけで気持ちがパッと上がる、リングをつけることで一日が変わる——そういう日常の中の小さなhappyを、僕たちがいなかったら生まれなかったhappyを増やしたいということです。

複合施設も、そのジャンルが好きな人が来たら気持ちが変わる異空間にしたいと思っていて。人々の拠り所になるような場所をつくることが、今の一番大きなビジョンです。

中村

3年以内に実現したいと考えている複合施設について、聞かせてください。

黒川圭太さん

3年以内に福岡で複合施設を作ることです。ファッション・美容・リラックスできるスペースが一つになった場所で、来た人の気持ちが変わる異空間にしたい。アパレルの仕事のゴールは、この複合施設を実現することだと思っています。

まず自分を大切にしてから、与えられる人間になってから人のために——そういう考え方を持った人を、自分の周りから一人ずつ増やしていけたらとも思っています。そのために会社を作ったという気持ちもあるので。

中村

最後に、自分らしく前に進みたい読者へ、伝えたいことをお願いします。

黒川圭太さん

まず自分を大事にしてほしいということです。「人のために」という言葉だけの人と、本当に人のためにやりたい人は全く違う。自分をないがしろにしたまま人のためにと言っても、本当の意味で人に何かを与えることはできない。まず自分を大切にして、与えられる人間になってから——それが人への関わり方の出発点だと思っています。

あとは、相手の気持ちになれるかどうか。自分都合で動くのか、相手がどう感じるかを考えて動くのか。その考え方一つで、仕事も人間関係も全部変わってくると思っています。

黒川 圭太さん、インタビューにお答えいただきありがとうございました!

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