この記事の見どころ
⭐️「強く望んでそっちに進んだわけではない」ご縁とタイミングが重なって始まった訪問美容
- コロナ禍のタイミング、もともとご高齢の方への施術が好きだったこと、全国で介護事業を展開する会社との出会い。複数のご縁が合致して始まった訪問美容は、今や活動の核心になっている。
⭐️ 進学校の勉強から「逃げる口実」だった美容師が、24年続いた
- 中学・高校と男子進学校に通いながら、勉強から逃げるために「美容師になりたい」と言い始めたのが最初。ところがそれが本気になって、気がつけば24年。「きっかけはそんな形でも、なんだかんだ続いてる」という言葉に、仕事との向き合い方が滲む。
⭐️ 本人の希望と周囲の意向。その間で着地点を探し続ける
- 「切りたくない」という本人の気持ちと、介護のしやすさを優先せざるを得ない施設・家族の現実。どちらも間違っていない中で、美容師としてどこに着地するかを試行錯誤し続けている。
⭐️ 「福祉美容」ではなく「美容」を届けたい。空間ごと届けることへのこだわり
- 訪問美容は福祉色が強くなりがちだが、魚住さんが届けたいのはあくまで「美容」。BGM・アロマ・飾り付けで空間ごと届ける。「髪を切ってさっぱり、よかったですね」だけで終わらせたくない。
⭐️ 病気は治せない。でも、心の何かの力にはなれる
- 医者でも、治療家でもない。でも何千何万という方を施術してきた中で実感してきた「髪型が変わることで、その人の何かが変わる」という確信。外面だけでなく内面にも届く可能性を信じて、活動を続けている。
Interview
「美容を諦めたくない人が、諦めなきゃいけない現状がある」。埼玉県坂戸市を拠点に、訪問美容サービス「trip hair salon SHIN」を営む魚住 孝(うおずみ・たかし)さん。美容師歴24年、訪問美容6年目。介護士資格も持ち、埼玉県全域から東京・群馬・栃木まで幅広いエリアを一人で駆け回っています。「美容室がそのままあなたのもとへ行く」というスタンスで、病気・怪我・加齢・障がいなど様々な理由で美容室に行けなくなった方たちのもとに、美容という体験ごと届け続けています。魚住 孝さんにインタビューしました!

現在どのような活動をされているか教えてください。

訪問美容とサロンワークを両立しながら活動しています。訪問美容は2021年にスタートして今6年目で、埼玉県坂戸市を拠点に、埼玉県全域・東京・群馬・栃木など広いエリアに出向いています。
主な対象は介護認定を受けているご高齢の方のご自宅や施設ですが、障がいをお持ちの方、妊娠中の方、育児中でなかなか美容室に行けない方なども幅広くお伺いしています。カット・カラー・パーマと、美容室と変わらないメニューを提供していて、場所は玄関先だったり、リビングだったり、施設の居室や共有スペースだったり、毎回様々です。
サロンであれば自分が動きやすいようにすべて整えられるんですが、訪問はその日その場で環境がまったく違う。どう判断してどう対応するか、本当に臨機応変に問われますね。

訪問美容を始めたきっかけを教えてください。

正直に言うと、強く望んでそっちに進んだというわけでは決してなくて。ご縁やタイミングがうまく合致した結果でした。
もともとご高齢の方を施術するのが好きで、50〜80代の方に指名をいただくことが多かったんです。
そういった自分のキャリアや年齢を考えていた頃、ちょうどコロナ禍のタイミングで全国で介護事業を展開している会社さんが訪問美容の立ち上げを求めていて、そこのご縁でスタートしました。
美容師自体は中学の頃からなんとなく意識していましたが、これも最初の動機は正直なところ「進学校の勉強から逃げたかった」という感じで(笑)。「美容師になりたいんだ」って言いながらその道に進んでいったら、それが本気になって24年続いちゃったって感じですね。

これまでのキャリアを教えてください。

高校卒業後に美容専門学校へ進み、そのまま美容業界一筋24年です。美容師として働きながら介護士の資格も取得しました。
訪問美容を始めてからは、
自分が思い描いていた「美容を届けたい」という気持ちを持ってスタートしましたが、現場では本人の希望と施設・ご家族の意向が噛み合わない場面に何度もぶつかりました。
それぞれの思いを汲み取りながら、自分が美容師としてどこに着地するか・・・それをずっと試行錯誤しながら続けてきた6年間です。

仕事で大切にしていることを教えてください。

根底にあるのは、この美容という仕事に真摯に向き合うこと、そして楽しむこと。これだけはどんな場面でもずらしたくない部分です。
訪問美容というと福祉色が強くなりがちで、「福祉美容師」という言い方をすることもあるくらいです。
私ももちろんそういった方への対応もしますし、資格も取っています。ただ、私が届けたいのはあくまで「美容」なんです。
おしゃれをしたい、もっと美容を楽しみたい、綺麗でいたいそういう気持ちを持っている方が諦めてしまっている状況に、私はアプローチしていきたい。
だから「美容室がそのまま行きます」というスタンスで、BGMを流したり、アロマを焚いたり、飾り付けをしたり、空間ごとを届けることにこだわっています。「髪を切ってさっぱり、よかったですね」だけで終わらせたくないんです。

これまでで特に印象に残っている経験はありますか?

本人は「切りたくない、こういう髪型が好き」と言っているのに、介護上の都合や家族の意向で「切らなきゃいけない」という場面に何度も直面してきました。
そういう時は自分の思いをしっかり伝えて、なんとか本人の希望を残せないか粘ることもあります。
でも結果的に周囲の意向に沿う形になった時、終わった後にその方の表情が浮かなかったりして・・・「これでよかったのか」という気持ちが残ることもある。
それぞれの立場に理由があることは分かっていても、複雑な気持ちになる場面です。
だからといって諦めるんじゃなくて、例えば介護しやすいよう襟足は短く切りながら、ご本人が見える顔周りには本人の希望する長さを残すとか。そういう着地点を自分なりに試行錯誤しながら表現していくようになりました。

活動を通じてどんな影響を与えていきたいですか?

病気や怪我、加齢でどうしても美容室に行けなくなった方たちが、「しょうがない」と諦めてしまっている状況をなくしていきたいです。
本当はきれいにしたい、おしゃれを楽しみたい気持ちはあるのに、それを発しちゃいけない空気感があったりする。そこに届けたいんです。
最近は高齢者だけでなく、パニック障害や不安障害を抱えていて美容室がハードルになっている10〜30代の方からもお声がけいただくようになってきました。
「美容室に行きたいけど行けない」という方は年齢に関係なくいる。そういった方たちにも美容を楽しむ機会を届けていきたいと思っています。

これから挑戦したいことを教えてください。

40代の間はとにかく現場でハサミを持ち続けることを最優先にしたいと思っています。
現場が好きなので、そこを軸にしながら今はサロンワークと訪問美容の両立をしっかり続けていく。
並行してこれから5年間で取り組みたいのが、訪問美容師を増やすことです。
美容師免許を持つ人の中で訪問美容師として活動しているのはまだ5%前後と言われています。高齢化が進んでニーズは増えているのに、担い手が圧倒的に足りていない。どういう形になるかはまだわかりませんが、この活動を美容師仲間に広めていく動きを作っていきたいと思っています。
将来的には訪問美容のみに絞っていくことも視野に入れています。

最後に、読者の方へメッセージをお願いします。

私はずっと美容、主に髪というところからアプローチしてきた人間です。何千何万という方を施術してきた中で、髪型が変わることでその人の表情が変わり、気持ちが変わる瞬間を何度も見てきました。美容が持つ力を、ずっと信じてきました。
医者ではないので病気は治せないし、怪我も治せない。でも、心の何か自信だったり、前向きな気持ちだったり・・・そこに触れる力が美容にはあると思っています。
アプローチの仕方は様々でも、美しくあること、外面だけでなく内面も、そこに向かって一緒に歩んでいけたらと思っています。
