インタビュー医療看護関東

「笑顔でなくても機嫌よければいい」―看護師33年目に自分の状態を扱えなくなった私が始めた、機嫌を整えるための思考の練習

インタビュー

この記事の見どころ

⭐️感情労働の限界から見つけた「機嫌」というスキル

  • 看護部長・医療安全担当として長年現場に立ってきた武藤さんは、10年前、自分の心の状態を扱えなくなるほど追い詰められた経験を持つ。そこから見つけたのが「機嫌を整える」というライフスキルだった。

⭐️「幸せになりなさい」ではなく「機嫌よくいる」というアプローチ

  • 幸福学やウェルビーイングという概念にいち早く出会いながらも、その言葉が日本人には伝わりにくいと気づいた武藤さん。もっと身近で実践できる言葉として「機嫌」にたどり着いた背景を聞いた。

⭐️「患者を見ずして人を見よ」──看護学校の教えが今の土台に

  • 入職から10年ほど経ったころにようやく腑に落ちたという、看護学校時代の教え。この言葉が、今の活動の根っこにある。

⭐️機嫌が良くなると、逆に周りから心配される

  • 自分の機嫌を整えるスキルを身につけたある看護師の変化が、周囲から「大丈夫?」と心配されるという意外な反応を呼んだ。その実例から見える「機嫌」の伝染力とは。

⭐️2年後、65歳で描く「全国の看護師がつながる未来」

  • 声の職業でもある看護師だからこそできることがある。ラジオパーソナリティとしての活動を入り口に、全国の医療現場に「機嫌よく働く」文化を広げていく構想を描く。

Interview

「笑顔でなくても、機嫌が良ければいい」。そう語るのは武藤朋來(むとうともこ)さんです。看護師歴33年、看護部長や医療安全担当としての経験を積んできた武藤さんは、10年前に自分の心の状態を扱えなくなるほど現場で追い詰められた経験を経て、「機嫌を整える」というライフスキルを伝える活動をしています。医療・介護現場で働く人はもちろん、自分のことを後回しにしがちなすべての人に向けたその想いを、たっぷりとインタビューしました!

中村

現在は、病院・介護施設などの組織向けの支援と、個人向けの「ご機嫌マインド育成講座」の両方に取り組まれているそうですね。それぞれ、どのような方に、どんな形で関わっていらっしゃるのでしょうか?

武藤朋來さん

私の活動は大きく2つの軸があります。1つは病院さんや介護施設様と契約をして、コンサルアドバイザーや職員教育に関わる組織向けの活動です。もう1つは個人向けに立ち上げたグループで、昨年から「ご機嫌マインド育成講座」という講座を行っています。心の状態を機嫌よく整えるということをコーチとして伝える活動で、4ヶ月間のZoomでのオンライン講座です。今回は23人の方が参加してくださっていて、医療職・介護職の方が多いですが、講師業をされている方もいらっしゃいます。

講座を受けてくださった方の中には、講座だけでは自分の状態を整えきれないという方もいて、そういう方にはパーソナルでコーチとして関わっています。アスリートについているメンタルコーチのような位置づけで活動したいとずっと思っていたので、その形が実現できています。もう1つ、私がいなくても伝えることができるツールとして、オンライン教材も現在制作している最中です。

中村

医療・介護の現場で働く方の心の状態に寄り添いたいという思いが、「機嫌を整える」という考え方につながったのですね。その言葉と出会い、ご自身の活動へ取り入れるまでの経緯を教えてください。

武藤朋來さん

医療職・介護職は感情労働者と言われるくらい、自分の感情を抑えてコントロールしながら仕事をする方々です。アスリートと同じように、感情によって自分のパフォーマンスが変わってしまう。だからこそ、そばで対応できる存在でありたいとずっと思っていました。

数年前、かつて同じ医療現場で働いていたドクターで、今はアスリートのメンタルトレーナーとして活動している先生と出会いました。その先生は「機嫌」という言葉を使って自分の心の状態をマネジメントする、ライフスキルというスキルをワークショップで伝えていて。WHOが提唱しているライフスキルとはまた違った視点で、人には「機嫌にするもの」「不機嫌にするもの」があるという考え方でした。

それを知ったときに、すごくシンプルで日常的に使えるものだと感じたんです。長年医療安全の担当もしていたので、事故は起きるときはたいてい、焦りや疲れなど、自分の状態が判断や行動に影響することがある。それが医療安全の考え方とも一致していて、自分の言葉で伝えやすいと思い、今のご機嫌マインド講座につながっています。

中村

看護師という道を選んだきっかけから、看護部長・医療安全担当を経験されるまでに、どのような転機がありましたか?

武藤朋來さん

小学生の頃からお世話好きで、泣いている子がいればそばに行くような子どもでした。進路を考えていた時期、本当はCA(当時はスチュワーデスと呼ばれていました)に憧れていたのですが、父に反対されて。その後、幼い頃からずっと私を見守ってくれていた、教師をしていた家族ぐるみの知人から、「ともちゃんはとにかくお世話好きだから、看護師さんになるのがいいわよ」と勧められたのがきっかけでした。それまで自分の中には全くなかった選択肢だったので、そこから調べて、自分の出身中学からは誰も進学したことのないような、隣町の看護学校を目指すことにしました。

正直、なってから数年は看護師を辞めたくて仕方がありませんでした。でも、私が在籍していた看護学校の建学の精神が「患者を見ずして人を見よ」というものだったんです。病気ではなく人を見なさい、という教え。これが腑に落ちてきたのが、働き始めて10年ほど経ってからでした。

看護師という仕事を通して、患者さんやそのご家族、一緒に働くスタッフの様子が、自分の関わり方ひとつで変わっていく。その様子を日常的に見られる環境が、私にとっての看護師という仕事でした。10年ほど経ったころに、この活動そのものが楽しいというより、この日常が楽しいと思えるようになっていったんです。

その後、看護部長や医療安全担当という役職も経験しました。ですが10年前、感情労働を積み重ねる中で自分の心の状態を扱いきれなくなる時期がありました。身近に日常の変化に気づいてくれる人がいない環境の中で、誰にも相談することなく、心と体のバランスを大きく崩してしまったんです。このままでは自分を保てないと痛感し、その場で退職を決意しました。

その時に私を救ってくれたのが「幸福学」という学問でした。今でこそウェルビーイングという言葉が日本でもよく使われるようになりましたが、当時はまだ現場にその言葉自体があまり馴染んでいませんでした。「幸福」という言葉そのものが、日本人にはどこか伝わりにくい。そう気づいたタイミングで出会ったのが、前述の「機嫌」という考え方でした。

中村

「笑顔でなくても、機嫌が良ければいい」という言葉には、どのような思いを込めていらっしゃいますか?

武藤朋來さん

私のキャッチコピーは「笑顔でなくても、機嫌が良ければいい」なんです。無理に笑顔になろうとすること自体が、実は機嫌がいい状態ではないんですよね。同じように、「幸せになりたい」と言っている人は、今幸せだと実感できていないからそう思うわけです。

面白いことに、同じ医療現場という環境にいても、常にフラットで機嫌よく仕事をしている人もいれば、いつも不平不満を言っている人もいます。この差は、無意識のうちに自分の状態を整えるスキルを使っているかどうかの違いだと思っています。自然に整うことなんて、実はないんです。私たちは1人で生きているわけではないので、外部からの影響を必ず受けます。だからこそ、機嫌が乱れることが起きても「うんうん、大丈夫」と思える自分でいられるように、意識的にスキルとして使い、それが習慣化するくらいまで落とし込んでいくことが大切だと思っています。

もう1つ大切にしているのが、感謝の気持ちです。看護師の仕事は「ありがとうと言われたくて頑張っている」と語られることもありますが、私はむしろ逆だと思っていて。患者さんが来てくださるからこそ、私たちは仕事としてお給料をいただける。本来ありがとうを伝える立場は私たちの方なんです。1人では生きていけない以上、その都度その都度、誰かに助けられている。そういう感覚は、子どもの頃から自然と持っていました。

中村

看護の現場で感じてきたことや、ご自身の活動を続ける中で、「自分を大切にすること」が誤解されると感じた場面について教えてください。

武藤朋來さん

世の中では、看護師の仕事は命と向き合っているから特別に大変だ、というように意味づけされがちです。でも私は、看護師が特別な仕事だとは今でも思っていません。人がいる限り、どんな仕事でも同じ環境があるはずなんです。ディズニーランドで働く人はワクワクしている人を見ているし、先生は生徒を見ている。私の場合は看護というフィールドで、たまたま病と向き合う人を見てきただけなんです。

「自分のことを1番に考えたい」という気持ちも、表向きに言うとわがままだと捉えられてしまうことがあります。日本の教育は、人の気持ちを考えなさい、協調性を持ちなさい、空気を読みなさい、と教えられてきた歴史があります。だからこそ、自分のことが大好きだと素直に言うと、驚かれてしまうことも少なくありませんでした。でも私は、そう思える人こそがまず大切にされるべきだと考えています。

中村

「機嫌を整える」ことを伝える中で、受講した方や周囲にどのような変化が生まれていますか。印象的なエピソードがあれば教えてください。

武藤朋來さん

講座を受けてくださっているある看護師の方の話が印象的でした。主任という立場の方なのですが、今年の春から、病院の中でもとりわけ空気が張り詰めていると言われる部署に異動になったんです。異動前はとても憂鬱そうにしていたのですが、教えたスキルを使って自分の機嫌を整えることを意識しながら現場に入っていきました。

まわりの同僚からは「つらいことがあったらいつでも聞くよ」と声をかけられていたそうなのですが、異動後、実際にそういう場面が一度もなかったそうなんです。1〜2ヶ月ほど経ったころ、それを不思議に思った同僚が、「本当に大丈夫なの?何も言ってこないから、逆に心配になった」と声をかけたところ、ご本人は「え、全然大丈夫だけど」と拍子抜けしたそうで。機嫌を整えるスキルを使い続けていたら、周りから逆に心配されるようになった、というのがその方自身にとっても驚きだったと聞きました。

自分の機嫌が整っていると、それは自然と周りにも伝わっていきます。機嫌のいい人から出る言葉は、自然と機嫌のいい言葉になる。誰か1人が変わることで、その周囲の空気も少しずつ変わっていく。そういう影響力を、日々の活動の中で実感しています。

中村

63歳の今から65歳に向けて、全国の看護師がつながる未来を描かれています。ラジオの活動も含め、これからどのように広げていきたいですか?

武藤朋來さん

今63歳なのですが、2年後、65歳になったときには、こうした活動を全国的に、各都道府県で活動してくれる看護師さんたちがコミュニティを作って広げてくれていたらいいなと思っています。そのきっかけとして、最近ラジオパーソナリティとしての活動も始めました。看護師は声で人に働きかける仕事でもあります。声のかけ方ひとつで、目の前の患者さんの状態は不機嫌にも機嫌よくにもなる。この「声の仕事」を、ずっと伝えていきたいと思っていたんです。

活動しているラジオ局は全国に系列のスタジオを持っているので、私自身がそこに出向いて収録することもできます。2年後には、全国のスタジオで機嫌よく働くことを意識している方々にインタビューをして回り、各地で活動している方々と交流できるような形を描いています。今年・来年はまず自分自身も学び直しながら、学んだことをSNSやコミュニティを通して発信していく期間にしていきたいと思っています。

中村

最後に、自分のことを後回しにしてしまう人へ、武藤さんから伝えたいことをお願いします。

武藤朋來さん

本当は自分のことを1番に考えたい、自分のことが大好きなんです、と思っている人に向けてこのスキルを届けたいです。自分のことを大切にできる人が増えれば、結果として周りの人も機嫌よく過ごせるようになりますし、健康にも美容にもつながっていきます。

自分を大切にしたいと思うことは、決してわがままではありません。機嫌が良ければ、批判されることも減りますし、子育てもコミュニケーションも自然とうまくいくようになります。それは全部、自分の機嫌から始まっているんです。まずは自分の機嫌を整えること。そこから始めてみてほしいと思います。

武藤朋來さん、インタビューありがとうございました。

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