インタビュー中国・四国管理栄養士食

「頼っていいんだよ」——頑張りすぎているお母さんに届けたい、料理代行という選択肢

インタビュー

この記事の見どころ

⭐️「頼っていいんだよ」——自分の経験が、このメッセージの原点に

  • 出産・育児を経て心身ともに余裕がなくなった経験が、河内さんをこの仕事へ向かわせた。「全部自分でやらなきゃいけない」と思い込んでいたあの頃の自分と、今のお母さんたちが重なって見える。だからこそ「抱え込まずに、時には頼ってもいい」という言葉が、飾りではなく体験から出てくる。

⭐️同じ料理名でも、子供と大人が一緒に食卓を囲める工夫を

  • 600グラムの肉をすべて同じ料理にしてしまうと、食べる側は飽きてしまう。半分は別の味付けに、半分は下味冷凍に——そういった小さな工夫を積み重ねることで、「いただきます」の瞬間が豊かになる。子供向けの味付けで作りながら、途中で大人向けに辛さを加えて二種類に仕上げるなど、どちらかが我慢しなくて済む食卓を意識している。

⭐️病院給食16年の経験が、「作業にしない」という信念を生んだ

  • 病院の現場で16年間、大量の食事を調理してきた河内さん。だからこそ「調理が作業になってしまう怖さ」を知っている。ただ作って出すだけでなく、その家庭の食べる姿を想像しながら手を動かす——これが個人で料理代行を続けていく理由だと語る。

⭐️月数件からスタートし、今では月20件以上——鳥取での「知ってもらう」までの道のり

  • 「田舎でそんなことしている人いるんだ?」という反応から始まった。東京では需要があっても、鳥取では認知されるまでに時間がかかった。ベビーマッサージ教室でつながったお母さんたちへの発信を続けるうちに「気になっていました」という声が届き始め、そこから口コミで広がっていった。

⭐️「事業を大きくすること」より「依頼してくださる方を大切にすること」へ

  • スタートしてから数年、「もっと広げなければ」という焦りがあった。一緒に動いてくれる人を探したこともあったが、自分の大切にしていることを共有するのは難しかった。その経験を経て「自分が行ける範囲で、依頼してくださる方に深く寄り添う」という方向性が固まった。数より質、規模より温度——それが今の河内さんのスタイルだ。

Interview

「頑張りすぎているって、本人はなかなか気づけないんですよね。だから、ちょっと疲れてイライラしちゃうなって思ったら、誰かに頼ってもいいんだよって伝えたくて」——そう語るのは、鳥取県米子市を拠点に料理代行べびんずを営む管理栄養士・河内奈津子さんです。病院給食に16年携わった後、働き方を見直しながらたどり着いたのが料理代行という仕事でした。子育て世代のお母さんたちが、食事のことに追われて自分自身を後回しにしている現実を目の当たりにし、「私が代わりに作る側に回ろう」と決意。今では月20件以上のご家庭に伺い、その家庭それぞれの食卓に寄り添っています。河内 奈津子さんにインタビューしました!

中村

料理代行べびんずでは、現在どんなご家庭に、どのようなサポートを届けていらっしゃるんですか?

河内奈津子さん

子育て世代のご家庭を中心に、料理代行を行っています。最初は赤ちゃんのいるご家庭をメインにしていましたが、今は保育園や小学校に上がったお子さんがいて、仕事をフルタイムに戻されたご家庭も多くなってきました。

依頼内容は本当にさまざまで、2〜3日分の作り置きをしてほしいというご家庭もあれば、離乳食も含めて対応してほしいというご家庭も、お弁当のおかずをまとめて作ってほしいというご家庭もあります。ご飯の炊飯から食器の片付けまでお任せいただくこともあって、それぞれのご家庭の状況に合わせて対応しています。まずヒアリングをして、そのご家庭に合ったプランを提案するという形です。

中村

病院給食での経験や子育てを経て、料理代行を始めようと思った背景を聞かせてください。

河内奈津子さん

病院給食を16年やってから、結婚・出産を経て、働き方に限界を感じるようになりました。自宅でできる仕事をしたいと思い、最初はベビーマッサージを始めたんです。

病院でずっと働いていて感じていたのが、入院してから食事を見直す方がすごく多いということ。だったら出産・妊娠というタイミングで、お母さんたちに食の話ができたらいいなと思って、ベビーマッサージの教室で食事の話もするような形で始めました。

ところがコロナが流行りだして、教室を続けることが難しくなってしまって。その頃、お母さんたちから離乳食は一生懸命作っているけど、自分のご飯は全然食べられていないという声を聞くようになって。食事の説明をしても、それ自体が負担になってしまっているなと感じて——だったら私が代わりに作る方に回ろうと思ったのが、料理代行を始めたきっかけです。

中村

管理栄養士を目指した頃から、料理代行に至るまでの歩みを聞かせてください。

河内奈津子さん

管理栄養士になったのは、祖母とよく台所に立っていたり、畑から野菜を取って一緒に料理することが多くて、食事に関わる仕事がしたいという気持ちが漠然とあったからです。母親が看護師だったこともあって、高校生の頃に管理栄養士という道を選びました。

卒業後は病院の現場栄養士として、献立作成や調理に携わりながら16年間勤めました。結婚・出産を経て働き方を見直し、ベビーマッサージを始めてお母さんたちとのつながりを作り、そこからコロナを機に料理代行へとシフトしていきました。料理代行の仕事は最初は月に数件というところからスタートして、今では月20件以上になっています。

中村

ご家庭の食卓に伺う中で、河内さんが大切にしていることは何ですか?

河内奈津子さん

その家庭の食卓を想像しながら作ることです。例えば600グラムの肉があったとして、全部同じ料理にしてしまうと飽きてしまう。半分は別の味付けにして、半分は下味冷凍にしておくとか。麻婆豆腐なら子供向けの味付けで作りながら、途中で半分取り分けて大人向けに辛さを加えて二種類にするとか。どちらかが我慢しなくて済む食卓を、いつも意識しています。

病院給食を16年やっていると、調理が作業になってしまう感覚は分かるんですよ。でもそれだったら、個人でやる意味がないなって思っていて。だからこそ、その家庭の食べる姿を想像しながら手を動かすことにこだわっています。

中村

活動を続ける中で、特に悩んだことや方向性を見つめ直した出来事はありましたか?

河内奈津子さん

始めた頃、「事業として大きくしなければ」という気持ちがすごく強かったんです。一緒にやってくれる人を探して動いたこともありましたが、自分が大切にしていることを共有するのがなかなか難しくて。

その経験があってから、自分が行ける範囲の中で、依頼してくださる方を大事にするという方向性が自分の中でしっかり固まりました。規模を大きくすることより、目の前のご家庭に深く寄り添うこと——そこが私の大切にしたいことだと、吹っ切れた感じがあります。

中村

料理代行という活動を通して、お母さんたちや家庭にどんな選択肢を広げていきたいですか?

河内奈津子さん

お母さん自身の体を、まず大切にしてほしいという思いがあります。お母さんが元気だったら、家庭って結構なんとかなるんですよ。でも、そこに目が向きにくい。

食事に神経質になりすぎているお母さんにも、食事に無頓着になってしまっているお母さんにも、料理代行という選択肢があることを知ってもらいたいと思っています。頑張ることも大切だけど、時には誰かに頼っていい——そういう選択肢が広がったらいいなと思っています。

中村

これから先、お母さんの働き方について、どんなことを伝えていきたいですか?

河内奈津子さん

お母さんの働き方の選択肢を増やしていきたいという思いがあります。時間に追われながら、生活のためにフルタイムで働き続けているお母さんがすごく多くて。それが悪いわけではないんですが、ちょっとの工夫で節約できることもあるし、働き方にも選択肢はあると伝えたい。

私自身も、最初は自分が起業するなんて想像もしていなかった。安定が一番だと思っていたし、自由に働く自分なんてイメージできなかった。でも、こういう仕事を始めたことで子供たちとの時間も増えたし、見られなかった部分が見えるようになった。そういう経験を、伝えていけたらいいなと思っています。

中村

最後に、毎日を頑張っているお母さんたちへ、伝えたいことをお願いします。

河内奈津子さん

頑張りすぎているって、本人はなかなか気づけないんですよね。ちょっと疲れてイライラしちゃうなとか、もういっぱいいっぱいって感じている方は、一度立ち止まってみてください。

自分で全部しなきゃいけない、と抱え込まなくていい。時には誰かに頼ってもいいんです。お母さん自身がしっかり食べて、少し手を抜いて、また日常に戻る——そういう流れができたら、家庭はもっと明るくなると思っています。そういう方の助けに行けたら嬉しいです。

河内 奈津子さん、インタビューにお答えいただきありがとうございました!

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