インタビュー九州・沖縄管理栄養士

栄養では人は来ない。だから”入り口を変えた”。管理栄養士の新しい挑戦【株式会社セーフライド代表取締役 山内 紗衣】

インタビュー

この記事の見どころ

⭐️ 競泳と栄養失調。アスリートだった自分の経験が管理栄養士への原点に

  • 1日10kmを泳ぐハードな練習の中で、知識のないまま栄養失調状態になっていた経験。「自分と同じように苦しんでいる人を助けたい」という想いが、この道を選ぶきっかけになった。

⭐️ 毎月100件の電話。病院就職を掴み取るまでの行動力

  • 管理栄養士の病院枠の少なさを知りながら、リストを作ってひたすら電話をかけ続けた学生時代。その行動力が、やりたいことをやらせてもらえる病院との出会いにつながった。

⭐️ 「見た目は普通、口の中で溶ける食事」。認知症患者の食事改善と学会発表

  • ペースト食を食事と認識できない認知症の方のために試行錯誤した食事開発。食事量と栄養状態の改善につながり、学会発表まで至った現場発のイノベーション。

⭐️ 「食を入り口にしない」。免許返納という切り口から高齢者に栄養を届ける発想

  • 食事サポート単体では届かない層に気づき、「車を手放した後の生活支援の中に栄養サポートを組み込む」という逆転の発想で生まれた事業モデル。

⭐️ 「食 × 何か」の掛け算で広がる可能性。栄養士へのエール

  • 食はすべての人に関わるからこそ、「食 × 車」のような掛け算の視点を持つことで、仕事の楽しさも社会への価値提供の幅も広がると語る。

Interview

「栄養では人は来ない。だから入り口を変えた」。株式会社セーフライドの代表取締役として、免許返納をテーマに高齢者の生活支援と栄養サポートを組み合わせた事業を展開する山内紗衣(やまうちさえ)さんにインタビューしました。

中村

現在の活動について教えてください。

山内さん

免許返納をきっかけに、車を手放した高齢者の方の生活支援の中に栄養サポートを組み込む形で事業を展開しています。
車を手放した高齢者の方は外出機会が減ったり、買い物が難しくなったりして、結果的に栄養状態が悪くなりやすいんです。

「食を入り口にしない」という発想で、自然と栄養サポートに関われる仕組みをつくっています。

中村

現在の事業を始めたきっかけを教えてください。

山内さん

病院で働いていて強く感じたのが、「病院に来た人しか救えない」ということでした。もっと早い段階で関われていれば防げたはずのケースも多くて、「これって本当に自分がやりたいことなのかな」と考えるようになったんです。
もっと多くの人に関わりたいと思って、独立しました。

最初はパーソナルの食事サポートを中心にやっていたんですけど、実際にやってみると、そこにお金を払う人ってすごく限られているんですよね。
しかも来るのは健康意識の高い人か、もともと余裕のある人たちで、自分が本当に支援したい高齢者層には届かない
そこに課題を感じていたときに、「免許返納」というテーマと出会いました。

そこで、「車を手放した後の生活支援の中に、栄養サポートを組み込む」という形であれば、自然と関われるんじゃないかと考えました。”食を入り口にしない”という発想に変えたことで、今の事業につながっています。

中村

管理栄養士を目指したきっかけと、これまでの経歴を教えてください。

山内さん

小さい頃から競泳をやっていて、小学3年生くらいから本格的に取り組んでいました。結構ガチな環境で、コーチが日本記録保持者だったり、ヘッドコーチがスペインのナショナルチームのコーチだったりして、かなりハードでしたね。
ただ、私は未熟児で生まれたこともあって内臓が少し弱くて、あまり食べられる方ではなかったんです。それなのに、1日10km泳ぐような練習を朝と夜でやっていて、完全に栄養が追いついていなくて…。
当時はその自覚もなくて、気づいたら栄養失調みたいな状態になっていて、爪が割れたりボロボロになったりしていました。でも知識がないので、「とにかく食べなきゃいけない」と思って、泣きながら吐きながら食べていたんですよね。

その経験があって、進路を考えたときに「自分と同じように苦しんでいる人を助けたいな」と思うようになりました。最初はパティシエもいいなと思っていたんですけど、母から「食に関わるなら人を救える仕事の方がいいんじゃない?」と管理栄養士を勧められて。そこで初めてその職業を知って、調べていくうちに「スポーツ栄養とかもできるんだ」と思って、目指そうと決めました。

大学で学びながら進路を考えていたときに、スタートアップ企業に誘われたこともあって、「管理栄養士として企業で働く」という選択肢もあるんだと知りました。正直、そっちにもすごく興味はあったんですけど、まだ現場経験がない状態でいくのは違うなと思って。いろんな方に話を聞く中で、「まずは病院で経験を積むのがいい」と言われたこともあって、病院就職を目指しました。
管理栄養士って病院の枠がすごく少ないので、普通に受けても厳しいなと思って、毎月100件くらい病院に電話していました。リストを作って、ひたすら電話して、反応があったところにアプローチして…というのを続けて、最終的に熊本の病院に就職しました。

その病院がすごく良くて、「やりたいことはやっていいよ」という環境だったんです。そこでNST(栄養サポートチーム)に入って、特に高齢者の栄養管理に関わるようになりました。
認知症の方って、ペースト食だと食事と認識できなくて食べてくれないんですよ。見た目が”泥”みたいに見えてしまって。
それで「見た目は普通の食事だけど、口の中で溶ける食事」を作れないかと考えて、試行錯誤しました。結果的にそれで食事量が増えて、栄養状態も改善して、学会でも発表することができました。

中村

現在の仕事に込めている想いをお聞かせください。

山内さん

やっぱり一番は、「本当に必要な人に届けたい」という想いですね。ただ現実として、食事サポート単体では市場が小さいですし、継続的にお金を払う人も多くない。
だからこそ、食だけにこだわるのではなくて、「どうすれば必要な人に自然と届けられるか」をずっと考えています。

中村

事業を通してどのような影響を社会に与えたいですか?

山内さん

健康って、食事だけでは絶対に成り立たないと思っています。
運動も大事ですし、口の中の環境も大事ですし、人とのつながりや楽しさもすごく大事です。
なので、食だけではなくて、生活全体をサポートできる形をつくりたいと思っています。
例えば、車を手放すことで浮いたお金で旅行に行けたり、コミュニティができて友達が増えたり、実際にオンラインで飲み会を始めた高齢者の方もいらっしゃいます。
そういった「楽しい人生」を支える仕組みをつくって、”サードライフ”を充実させていきたいですね。

中村

最後に、読者へのメッセージと今後の展望を教えてください。

山内さん

栄養士って、どうしても視野が狭くなりがちだと思うんです。
大学、職場、その中だけで完結してしまって、「自分にはこの仕事しかできない」と思い込んでしまう。

でも実際は、食ってすべての人に関わるものなので、可能性はすごく広いんですよね。
大事なのは、「食 × 何か」という掛け算だと思っています。私の場合は「食 × 車」でしたけど、他にもいろんな組み合わせがあるはずです。
そういう視点を持つことで、もっと仕事も楽しくなるし、社会への価値提供の幅も広がると思います。

山内 紗衣さん、インタビューにお答えいただきありがとうございました!
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