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「お父さんのあのSOSに気づけていたら」元看護師が神戸で3店舗・全国スクールを展開するまでの使命【腸もみセラピスト・日本腸もみ研究所 代表 久保 知子】

インタビュー

この記事の見どころ

⭐️看護学校1年目に、お父さんが末期の肝臓がんに。「あのSOSに気づけていたら」

  • 糖尿病を患っていたお父さんが、やっと早期退職して自分の時間を楽しもうとしていた矢先に末期がんが発覚。5ヶ月後に亡くなった。背中の張り、ふらつき、胃もたれ、頭痛……今なら内臓からのSOSだと分かる症状を、当時は見過ごしていた。

⭐️ 腸もみとの出会いが、6年間で神戸3店舗・全国スクール展開に至る起点に

  • 消化器外科で看護師として働く中で、腸からの免疫や自然治癒力に関わっていきたいという思いが強くなり、腸もみと出会った。たったその出会いが、神戸3店舗・全国スクール展開という今の活動につながっている。

⭐️ コロナ禍に開業し、1年後にスクールを一時閉鎖。「揉むだけでは頭痛は取れない」という気づき

  • 開業1年後に始めたスクールで、便秘やダイエット向けの腸もみでは頭痛・吐き気・慢性疲労には対応できないと気づき、一時閉鎖。全国の専門家と繋がりながら内臓連動性・神経まで全体を見る「内臓アプローチ」を学び、再開に至った。

⭐️ 「この違和感を、仕方がないで終わらせたくない」。病院をたらい回しになった人たちの声が動機に

  • 異常なしと言われたけれど体が辛い、最終的に精神薬を処方されてしまった。そういう方たちに届きたいという思いが、久保さんの活動の核にある。「仕方ない」で終わらせない。その使命感が施術の質を支えている。

⭐️ 「何々式とは絶対言わない」型を作ったら天井ができる、学会形式で進化し続ける施術の哲学

  • 「○○式腸もみ」という型を意図的に作らない。型ができると天井ができてしまうから。全国の施術者と症例を持ち寄り、東洋医学の先生も交えて研究を続ける「日本腸もみ学会」を主宰。その人に合った施術を追い続けるという姿勢が、久保さんの仕事の根底にある。

Interview

「この違和感を、仕方がないで終わらせたくない」神戸で腸もみサロンを3店舗運営し、日本腸もみ研究所でスクールを主宰する久保 知子(くぼ ともこ)さんは、その言葉を活動の核に据えている。看護学校1年目にお父さんを末期がんで亡くし、「あのSOSに気づけていたら」という思いが今も使命の原点にある。医療事務として糖尿病患者さんの薬が増え続けるのを見てきた無力感。病院で異常なしと言われながらも体が辛い。そのグレーゾーンにいる人たちを放置したくないという思い。その全てが重なって、「腸から予防医学を広げる」という使命が生まれた。消化器外科での勤務中に聞こえた先生のひと言が起点になり、揉むだけの腸もみから内臓アプローチへ、サロン経営からスクール・学会展開へと進化し続けている。久保 知子さんにインタビューしました!

中村

現在どのような活動をされているか教えてください。

久保さん

神戸で腸もみサロンを3店舗運営しています。
1号店が2021年1月のコロナ禍の緊急事態宣言中にオープンして、その翌年に三宮に2店舗目、さらに翌年に近くに3店舗目を出しました。

施術の核になっているのが「内臓アプローチ(Visceral Accord®)」です。腸を起点に、内臓の連動性・神経・筋肉骨格まで全体を診て、その人に合った施術をしていきます。
最初のカウンセリングで分析して、当てはまりそうな検査をして、圧迫検査なども行いながら原因を絞っていく。例えば胃酸が上がって食道が萎縮していると、背中側にある食道の関係で肩甲骨の間が張りやすくなるんですが、そういった症状と内臓の繋がりを診ていきます。

「日本腸もみ研究所」というスクールも運営していて、12ヶ月かけて施術技術と経営の両方を学んでいただいています。実技は数日間の対面で、毎月練習会もあります。「日本腸もみ学会」という名前のオンラインサロンも運営していて、全国の施術者が症例を出し合って、東洋医学の先生も交えて研究を深める場になっています。

中村

質腸もみの仕事を始めたきっかけと、スクールを立ち上げた経緯を教えてください。

久保さん

消化器外科で看護師として働いていた時、腸からの免疫や自然治癒力を上げることに関わっていきたいという気持ちがずっとあって、腸活を学んでいく中で腸もみと出会い、開業に至りました。

開業して1年くらい経ったとき、お客さんから「スクールをやってほしい」という声をいただいて始めました。ただもう一つ、スクールを始めた理由があって。スタッフを育てながら店舗を増やしていくことの難しさを感じていた時期に、「全国に仲間を増やせば、自分の手が届かないところにいる、体の不調を抱えた人たちにも届くんじゃないか」と思ったんです。自分が指導者にならないといけないという感覚が最初からあって、そこからスクールという形になっていきました。

ただ、最初の腸もみはどちらかというと「流れに沿って揉む」というものだったんです。便秘やダイエットには効果があるんですが、頭痛、吐き気、毎月来る体のだるさ……そういった症状には対応できなかった。
コロナ禍で開業したので、コロナの後遺症で来られる方も多かったんですが、そういう方たちに対応できる知識が自分にはまだないと感じて、スクールを一時閉鎖しました。全国の専門の先生方と繋がって、腸だけでなく内臓全体の連動性や神経まで診る「内臓アプローチ」を学んでいきました。するとそれまで解決できなかった頭痛や慢性疲労が改善するケースが増えてきて、自信を持ってスクールを再開することができました。

中村

看護師になった経緯と、学生時代に経験されたことを教えてください。

久保さん

最初は医療事務として、糖尿病や内科のクリニックで働いていました。来られる患者さんが最初は少量の薬から始まって、半年後にはどんどん薬が増えていく。その現実をずっと見ていて、何かできることがあるんじゃないかという気持ちが芽生えてきたんです。そこで一緒に働いていた看護師さんが、患者さんの気持ちにも寄り添ってお話しされている姿がすごく素敵で。受付でただ渡すだけでなく、人の人生にちゃんと寄り添える看護師という仕事への憧れから、看護師を目指しました。
 
看護学校1年目の時に、父が肝臓がんで余命半年以内と宣告されました。まだ50代で、ちょうど仕事を早期退職して、これからいろいろやりたいっていうタイミングだったんです。鹿児島出身の父が、故郷に帰って釣りをしたりしながら暮らしたいと言っていたのに、帰ったタイミングで分かって、また病院に戻らないといけなくなって。糖尿病で長年病院に通って薬も飲んでいたのに、発見されたときはもう末期がんでした。5ヶ月ほどで亡くなりましたが、最後は結構苦しい状況でした。
 
今振り返ると、父は「背中が張るから揉んでくれ」とか、ふらふらするとか、胃もたれがするとか、頭痛があるとか、いろんなことを言っていたんです。
今なら内臓からのSOSだと分かる症状が、当時は「寝ておけばいいよ」という対応で終わってしまっていた。私がそこに気づけていたら、大病にならなかったんじゃないかと今でも思っています。その経験が消化器外科に進んだ理由でもあって、がんがなぜ生まれるのか、若い人もがんになっている現実をずっと考えながら働いていました。

中村

仕事で一番大切にしていることを教えてください。

久保さん

誠実さです。腸もみって「揉むだけ」というイメージがまだ強い業界なのですが、体の解剖学、神経、内臓の連動性まで見ていかないと、病院をたらい回しになって最終的に精神薬を処方されているような方の助けにはなれない。
そういう覚悟を持って学び続けることが、誠実さだと思っています。お客さんは常に評価する立場なので、見た目や流行りではなく、本当にその人の役に立てているかどうかで判断される。そこは常に意識しています。

根っこにあるのは、「この違和感を仕方がないで終わらせたくない」という思いです。
私自身、子どもの頃から頭痛や腹痛を訴えるたびに「仕方ない」「気のせい」と言われてきた経験があって。お客さんの中にも、病院で異常がないと言われたけれど体が辛いという方がたくさんいらっしゃいます。その「仕方ない」の連鎖を断ち切りたいというのが、今の活動の一番の動機です。

スクール生に伝えていくときも同じで、経営をやっていく人たちに聞こえのいいことだけ言っても誠実じゃない。厳しいことを言わないといけない場面もあります。ただ、まずその人を認めること、いいところを言葉に出して伝えることは大切にしていて、メリハリをつけながら向き合っています。

中村

これまでで特に大変だったことを教えてください。

久保さん

大きく二つあって、一つがサロン経営そのもの。
経営を全く学んだことがない状態からのスタートだったので、お客さんに満足していただける施術を維持しながら、経営も成り立たせていくという両立は本当に大変でした。1年間はとにかくやり切ったなと思います。

もう一つが、スタッフを雇うこと。
人との関わり方という意味では、これが一番の壁でした。スタッフにしてもスクール生にしても、相手が求めていることを聞きながら関わるのが基本なのですが、使命感から厳しい言葉になってしまったり、言い方が強くなりすぎることがあって。そのたびに使命に立ち返って、その人を認めることから始めるということを繰り返しています。人間関係の難しさは、今も一番の課題です。
 
ただ、何かがあった時にそれをエネルギーに変えられるタイプだと思っています。うまくいかないことがあっても、それを良い方向に持っていけるというか。目的しか見ていないという感じで、お父さんのことから始まった使命があるから、周りの評価とかあれこれが気にならなくなっていく。
その一方で、人間関係がしんどくなると体調にわかりやすく出るんですよね。それも含めて、自分の体で体現し続けているのが今の仕事に繋がっているかもしれないなと思います。

中村

活動を通じてどんな影響を与えていきたいか、これからの展望も教えてください。

久保さん

「未病」の状態で彷徨っている人たちに届きたいというのが一番です。病院では異常がないと言われる。でも体は辛い。
エビデンスが確立されていないので西洋医学では判断されにくいグレーゾーンにいる方たちって本当に多くて。医療にできることと、私たちにできることは違います。病院に繋げないといけない人は繋げる。でも医療で判断されにくい未病の部分に、私たちが入っていく。それで病気になる前に食い止められる人が増えたらと思っています。
 
「何々式腸もみ」とは絶対に言わないようにしています。型を作ってしまうと天井ができてしまう。内臓アプローチには天井がないので、いろんな先生から症例をいただいて、東洋医学の視点も取り入れながら、常に進化していく。それが誠実さに繋がると思っています。
日本腸もみ学会では、全国の施術者が症例を出し合って、一人のお客さんに対して全国のメンバーで検討するという形になっています。解決しない症例があったら、みんなで考えるというイメージです。病院に繋げないといけない人はきちんと繋げながら、そうでない部分を私たちが担う。そのグレーゾーンをしっかり分けていくことも大切にしています。
 
展望としては、全国どこにいても内臓アプローチを受けられる環境を作りたいというのが大きな目標です。どの都道府県にも対応できる施術者が一人はいる状態を目指して、質をしっかり保ちながら認定講師も育てていきたいと思っています。
もう一つが、自費の訪問看護の立ち上げです。家から出られない状態になっている方にも訪問できる体制を作って、看護師のスキルを掛け合わせた形で展開したいと考えています。あとは海外からの情報も積極的に取り入れていきたいです。アメリカはカイロプラクターが予防に視点を置いていて、医師がカイロプラクターの資格を持つことも珍しくない。そういう考え方も学びながら、自分の知識を更新し続けていきたいと思っています。

中村

最後に、読者の方へメッセージをお願いします。

久保さん

一人ひとりに合うものは全然違うというのが、私がいつも思っていることです。食事でも体のケアでも、その人のことをまず見るということを大切にしています。
いろんな疑問を持つことが現状を知ることにつながると思っていて。私自身も小さい頃からとにかく疑問が浮かぶ人間で、その疑問から今の仕事も始まっています。疑問を持って、現状を知って、自分で選択していく。そのお手伝いをしたいです。

管理栄養士さんや整体の方など、いろんな業種の方と知見をシェアしながら、一人のお客さんをみんなで良くしていけるような形ができたらと思っています。

久保 知子さん、インタビューにお答えいただきありがとうございました!
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