この記事の見どころ
⭐️「在宅でレントゲンが撮れるなんて、それは嬉しい」。ALS患者の言葉が独立の決め手に
- 病院への移動が命がけになる難病患者と病院勤務時代に出会い、「やる意義がある」と確信。その言葉が今も活動の根底にある。
⭐️ 診療報酬がつかないからこそ、誰もやらない。だから先にやる
- 在宅でのレントゲンには病院と同じ点数しかつかない。だから病院は「来てください」と言う。その”空白”に気づき、完全アウトソーシングという形で飛び込んだ。
⭐️ 消去法で選んだ放射線技師が、その道で誰もやらないことを始めた
- 工業高校出身、就職氷河期世代。「看護師は向いていない」という消去法で放射線技師を選んだ男が、15年の病院勤務を経て独立。キャリアの意外な転換点。
⭐️ 「想いだけじゃ事業はできない」。巡回健診で稼ぎ、在宅で貢献する二刀流モデル
- 在宅訪問だけでは経営が成り立たないと気づき、巡回健診事業も並走。埼玉で学んだノウハウを活かし、両輪で事業を回す現実的な視点が光る。
⭐️ 一人からチームへ。要望に一個ずつ応えて広がったネットワーク
- 「採血できる看護師はいない?」「エコー技師も欲しい」。現場の声に一つひとつ応えるうちに、仲間が集まりサービスが拡張。信用の積み重ねがすべての土台。
Interview
熊本県を拠点に、在宅・訪問検査支援と巡回健診支援の2つの事業を展開する合同会社RADICAID(ラディケイド)。代表の小林健一郎(こばやし けんいちろう)さんは、15年間の病院勤務を経て2020年に独立した放射線技師です。「在宅でレントゲンを撮る」という、医療界でまだ当たり前ではない領域に一人で飛び込み、現在は熊本を中心に訪問診療医や施設と連携しながら活動を広げています。小林健一郎さんにインタビューしました!

現在どのような活動をされているか教えてください。

事業は大きく二つあって、一つが在宅訪問検査の支援事業、もう一つが巡回健診の支援事業です。
在宅訪問の方は、訪問診療専門の先生と年間契約を結んで、機器も人も私たちが準備してお家でレントゲンやエコーを撮影するという形です。
機材は軽自動車で運べるくらいコンパクトで、高齢者の昔ながらの狭いお宅にも対応できます。完全な外注・アウトソーシングとして動いているのが特徴で、こういう形でやっているところはまだ少ないと思います。
巡回健診の方は、企業や事業所に出向いてレントゲンバスや各種検査ブースを設営して健診を行うものです。こちらは熊本だけでなく九州全体での需要も増えてきていて、事業の主要な収益源にもなっています。

在宅での訪問検査に取り組もうと思ったきっかけは何でしたか?

病院で勤めていた頃から、在宅医療にはいろんな職種が関わっているのに放射線技師だけが少ないなと気になっていたんです。
栄養士さんも検査技師さんも在宅に入るようになってきているのに、放射線技師だけまだ一般的じゃない。そこに課題を感じていました。
一番の決め手になったのは、天草の在宅専門クリニックの先生にご紹介いただいたALSの患者さんとの出会いです。私と同い年の方で、28歳で発症されて人工呼吸器をつけて生活されていました。
年に一回のCTやレントゲンが必要なのに、病院に行くこと自体が命がけなんです。「家でレントゲンが撮れるなんてそんなことができるなら、それはすごく嬉しいです」とおっしゃっていて。その言葉を聞いた時に、「これはやる意義がある」と確信しました。その方は2年前に亡くなられましたが、あの出会いが今の活動の根っこにあります。

放射線技師を選んだ経緯と、これまでのキャリアを教えてください。

正直に言うと、消去法です(笑)。
工業高校出身で、就職氷河期の世代。工業高校だから普通は工学系に進むんですが、そっちには興味が持てなくて。漠然と医療系に行こうと思ったとき、ちょうどリハビリ職が流行り始めていた時代でしたが、「人の体に直接触れる仕事は向いていないな」と感じていて。消去法で残ったのが放射線技師でした。
その後、病院に約15年勤務して薬剤・医療安全・感染対策など様々な現場を経験しました。病院勤務の頃から在宅医療への関心を温めていて、情報を集め続けていました。
独立したのはコロナ禍のタイミングで、病院を辞めてすぐにつてもない状態から埼玉のアサヒメディカルさんで巡回健診のノウハウを学ばせてもらって。大型車の免許も取って、そこで得たものを持ち帰って今の事業の基盤を作りました。

仕事をする上で大切にしていることを教えてください。

「大義名分を持ってやるかどうか」というところを、自分の中で一番大事にしています。
在宅でのレントゲンには、病院で撮るのと同じ点数しかつかない。だから病院は「来てください」と言うのが当然で、やる人がいないのはそういう理由です。
でも、患者さんにとっては病院に行くだけで一日がかりの大事になる。介護タクシーで行って、受付して、待って、やっと撮れて、また待って、会計して・・・それが在宅の方の現実です。
制度がないからやらないのではなく、「必要としている人がいる、自分がやれる、だからやる」という大義を持って動くこと。それが自分の行動基準になっています。

独立してから大変だったことや、乗り越えた経験を教えてください。

一番の壁は、想いだけでは事業は回らないという現実でした。
在宅訪問の仕事には強い思い入れがありましたが、それだけでは収益が立たない。何もないまま在宅だけやっていたら、きっと何も続けられなかったと思います。
そこで巡回健診の事業を並走させることで収益を作り、だからこそ在宅の方もできるという構造を作れた。思いと事業性を両立させることの難しさと大切さを、身をもって学びました。
コロナ禍で病院を辞めて、つてもない状態で飛び込んだ時期は本当に泥水をすすったような経験もありました。でも、一歩踏み込んだことでご縁が生まれて、助けてもらえる人が現れて、また違うドアが開く・その連続で今があります。
「やってしまえ」の一歩はでかいけど、動いた人にしか見えない景色があるとつくづく感じています。

活動を通じてどんな社会を作っていきたいですか?

大きなことを言うつもりはないんですが(笑)、関わる人たちが手の届く範囲で幸せに、やりがいを持って働ける環境を作っていけたらと思っています。
今、病院で働く放射線技師の中には夢を持ちにくいという人も少なくない。在宅医療という分野はキラキラして見えるかもしれないけれど、現実は甘くない。だからこそ、こっちに来た人たちが迷わず進めるよう、道標になれる存在でいたいという思いがあります。
在宅医療の需要はこれからどんどん増えていく。放射線技師がその分野に先に根を張っておくことで、制度が追いついた時に一気に広がる。そのための土台を今つくっているという感覚です。

これから挑戦したいことを教えてください。

巡回健診の分野で、九州全体をカバーできる総合的な外注サービスを整えていきたいと思っています。レントゲンバス、エコー技師、採血できる看護師、心電図対応の検査技師。それを一通り組み合わせて提供できる体制が、今まさに人もものも揃ってきています。
熊本では健康診断の需要が急増していて、事業所に出向いてすべてセットで対応できるチームとして動けるようになれば、医療界の大きなニーズに応えられると考えています。
在宅の方も、診療報酬の流れが変われば一気に広がる分野。その時に備えて、今のうちに実績と信頼を積み重ねておくことが最大の準備だと思っています。

最後に、読者の方へメッセージをお願いします。

医療職の方にも、企業の方にも伝えたいのは、「自分の専門分野だけに縛られないでほしい」ということです。
放射線技師だから放射線の仕事だけ、という発想でいると見えてこないものがある。全然違う分野に興味を持ってみる、誰もやりたがらないことに手を出してみる。
働きながらでもできることは意外とたくさんあります。そういうプラスアルファの視点や技術が、これからの時代にどんどん大事になっていくと思います。
キラキラして見える独立や新しい挑戦も、実際には泥水をすすることがある。でも、一回の失敗や壁で諦めずに一歩踏み込んだ先に、ご縁と新しい景色がある。それは私自身が経験してきたことです。まず動いてみてください。
