この記事の見どころ
⭐️小学1年生から12年間、好きでもないサッカーを続けた経験が育てた「辞めない力」
- 親に連れて行かれたサッカーの練習。そのまま続けた12年間を通じて育まれた忍耐力が、後の料理人としての厳しいキャリアと、お店を開くという大きな決断を支えた背景。
⭐️ 35歳で店を持つつもりが、25歳で動き出した理由
- 蕎麦屋のご主人との出会い。逆算して毎月貯金をしていた料理人が、まったくの縁もゆかりもなかった一人のご主人との出会いで10年先の夢を前倒した。「ご縁」の力を体現するような、転機の話。
⭐️ 集客に悩んだ末に地域のイベントを自ら企画し、地域三本指に入る規模に育てた
- お店の集客のためにお弁当販売からマルシェ出展まで走り回ったことが、地域全体を盛り上げるという志へとシフトした瞬間。「お店にとらわれなくなった」と語る言葉の重み。
⭐️ 「自分の体は一つ」。ご縁を届けられる人を増やすために、ブランドという選択をした理由
- 料理で幸せにできる人には限界がある。だからブランドをつくる。食・器・お茶・日本酒……「園」を冠したラグジュアリーブランドが描く、ご縁の連鎖の構想。
⭐️ 海外初体験の初日に財布を盗まれながら、観光を終えて無事帰国した話
- 30歳になるまでに海外を見ておきたいと一人でバンコクへ。いきなりの修羅場も、人の助けを借りて乗り越えた。「イレギュラーを乗り越える力は誰よりもある」と話す自信の源泉。
Interview
「食を通じてたくさんの人と繋がり、繋げて、幸せにする」。浜松市で1日1組限定の和食店「憩い処 園」を営む中園侑樹(なかぞの ゆうき)さんは、そんな志を胸に活動する料理人です。会員制リゾートホテルでキャリアを積んだ後、25歳でお店を開き、地域のイベントを自ら主催。ジンジャーシロップを皮切りにラグジュアリーブランド「園」を立ち上げ、都内への出張料理まで活動の幅を広げています。「ご縁」という日本人の価値観を世界に広めたいという壮大な志を持ちながら、今日も一組のお客様と真剣に向き合い続ける中園さんに、その歩みと想いを伺いました。

現在の活動について教えてください

大きく三つあります。一つ目が、浜松市で1日1組限定の和食店「憩い処 園」を営んでいること。月曜・火曜以外で予約が入った日に開けているスタイルで、来てくださったお客様に全力でおもてなしする形でやっています。
二つ目が、自分のラグジュアリーブランド「園(SONO)」の展開です。その第一弾がジンジャーシロップで、現在はオンラインでの販売のほか、浜松市内のコンビニエンスストア数店舗への導入も実現しています。今後はお茶や日本酒、器など、ご縁で繋がった生産者や職人の方々との協働によって、ブランドを広げていきたいと考えています。
三つ目が、経営者の方を中心とした都内への出張料理人活動です。会員制リゾートホテルでのアルバイトも並行して続けながら、これらの活動を展開しています。

25歳というタイミングでお店を開こうと踏み出したきっかけは何だったのでしょうか?

もともとは35歳で自分のお店を持つつもりで、逆算しながら毎月お金を貯めていたんです。
ただ、当時よく通っていた蕎麦屋のご主人と仲良くなって、「自分もいつかお店を持ちたいんですよね」という話をしていたら、「うちで開いてみないか」とチャンスをいただけたんです。全くご縁のなかった方なのに、本当によくしてもらって。これはもう動くしかないと直感で思いました。
ただ正直、うまくいくかどうかは全然分からなかった。だから最初のリスクを抑えるために、正社員からアルバイトに切り替えて、固定費を確保しながら自分の活動をスタートさせる形を選びました。その延長が今も続いているという感じです。

料理の道に進んだ経緯と、これまでのキャリアを教えてください。

根っこにあるのは、ただ食べることが好きだったってことだけなんですよ。小学1年生の頃から12年間サッカーを続けてきたんですが、実はそんなにサッカーが好きじゃなくて。周りにはサッカー選手になりたいという仲間がたくさんいましたが、自分はその中でちょっと浮いた存在でした。だからこそ「サッカー以外で何かしたい」という思いがあって、ずっと好きだった食べることが、自然と料理人という選択肢につながっていきました。
大阪の調理専門学校を経て、会員制リゾートホテルで料理人としてキャリアをスタートさせました。料理人の世界はものすごく厳しいんですが、サッカーで育てた「辞めない力」と「続ける忍耐」がその世界でも活きたと思っています。お店を開く前まで積み上げてきたものが、25歳でお店を開くという決断の土台になっていました。

この仕事を通じて大切にされていること、志が生まれた経緯を教えてください。

最初にお店を開いたときは、正直「自分のお店を成功させたい」という思いが一番でした。集客に悩んでいた時期に、お弁当の販売やキッチンカー、マルシェ出展、イベント参加と、とにかく自分の足でいろんな人と繋がる動きをしたんですね。
そうしていくうちに、「地域全体が活気ないからお店も厳しいんだ」と気づいて、自分でイベントを主催しようと思い立ちました。いろんなご縁で繋がった方々に協力していただいて、ポスティングや営業もかけながら動いた結果、地域で三本指に入るほどのイベントを開催することができたんです。
その経験を通じて、「お店にとらわれなくていいんだ」と気づいた瞬間に、志が生まれました。食を通じてたくさんの人と繋がり、繋げて、幸せにする。それが今の自分の軸になっています。自分の体は一つしかないから、料理で直接幸せにできる人には限界がある。だからこそブランドという形で、もっと多くの人に届けたいと思っているんです。

乗り越えてきた経験の中で、今も印象に残っているエピソードはありますか?

二つあって、どちらも本当に修羅場でした。
一つ目は、30歳になるまでに海外を見ておきたいと思って、一人でタイのバンコクへ行ったときのことです。日本では甘えになる近隣国ではなく、一人で行こうと決めていたんですが、着いた初日の夜に財布を盗まれてしまって。身分証もお金も何もない状態になったんですが、現地でいろいろな人に助けてもらいながら、最終的には観光もしっかり楽しんで無事に帰ってこられました。イレギュラーな状況を乗り越える力は誰よりもあると思えた、大きな自信になっています。
もう一つは、お店の仕込み中に大きなトラブルに巻き込まれて、人生で初めて命の危機を感じるような修羅場を経験したことです。それでもその日は大切な撮影の予定があって、先方に一時間だけ待ってもらってなんとかやり遂げました。どんな逆境でも意地でもやり抜くという力は、そういった経験から来ているんだと思います。

活動を通じてどんな影響を広げていきたいか教えてください。

日本の食やアニメといったカルチャーが今世界で注目されていますが、私は「ご縁」という日本人の思想・価値観も、近い将来必ず世界に広まると思っています。その中心に「園」というブランドを置いて、ご縁の文化を世界に届けていきたいという思いがあります。
「園」という漢字を世界一有名な一文字の漢字にするというのが、私の大きな夢です。食を起点に、お茶・日本酒・器など様々なご縁のつながりをブランドにしていきながら、良縁が広がる連鎖を作っていきたいと思っています。

これから挑戦したいことや、目指している姿を教えてください。

まずは2〜3年以内に、国内のラグジュアリーホテルや百貨店、セミナーなどでブランドを取り扱ってもらい、日本での知名度を確立させることが目標です。すでにウェルカムドリンクとして採用いただいた実績や、会員制のプライベートサウナへの導入、都内の会員制飲食店での展開など、少しずつ実績を積んでいます。
その先の5年後・10年後には、世界へ羽ばたくことを目指しています。コンビニへの導入も、ブランドの信頼性を証明する一つのステップとして戦略的に選んだ道でした。ご縁の中心にこのブランドがある。
そんな存在を目指して、一つひとつ積み重ねていきます。

最後に、読者の方へメッセージをお願いします。

まずは皆さんに挑戦してほしいということが、一番伝えたいことです。思いがあって挑戦したいと考えている方がいれば、ぜひお話を聞かせてください。一緒に繋がりましょう。
そして、ご縁を大切にしていただけると嬉しいです。ご縁を大切にしている方が、また新しいご縁を繋いでくれる。その連鎖の中で、本当に大切なものが広まっていくと信じています。
